世田谷区 - TANAAKKファシリティーズ株式会社

世田谷区

ビル・マンション・アパート・商業施設・工場プラントオーナー、管理組合、管理会社向け維持保全工事ならタナークファシリティーズ

管工事・保全・修繕

世田谷区(住民基本台帳:人口 923,210人・世帯 502,617世帯・面積 58.05km²・人口密度 15,904人/km²・人口増減 +0.55%(令和6年1月1日→令和7年1月1日)、令和7年1月1日現在) の中古・既存建物向けに、管工事・法定点検・大規模修繕の発注入口をご用意しています。

出典:東京都 住民基本台帳による世帯と人口(令和7年1月)(令和7年1月1日現在)

世田谷区の成り立ち

世田谷区は、1932年(昭和7年)4月1日の東京市35区制施行時に、世田谷町・玉川村・砧村・等々力村などが合併して成立しました。1947年の特別区移行後も区域は継続しています。

世田谷・成城・二子玉川・下北沢など、多摩川左岸の広大な住宅地帯を担う区です。

世田谷区の歴史

江戸期は世田谷代官所の支配下にあり、玉川・砧・等々力は農村地帯として開発されました。明治以降は玉川電気鉄道(現・東急線)の開通に伴い、郊外住宅地として急成長しました。

1923年の関東大震災後は焼失地からの転入者を受け入れ、人口が急増しました。戦後も住宅地として整備が続き、23区最大の人口を持つ区となりました。

現在は面積58.08km²、23区最大の人口(約93万人)を擁し、既存の集合住宅・戸建の維持保全需要が最も高い区の一つです。

世田谷区の初代区長

氏名
田村保(たむら やすし)
在任期間
昭和22年4月5日〜昭和26年4月4日(第1代区長)
補足
公選初代区長(史料に基づく)。1947年4月5日の区長公選で当選しました。

世田谷区の歴代区長

現任区長は特別区長会「名簿」(令和8年5月15日現在)時点の情報です。

代 氏名 就任 退任
第1代 田村保 昭和22年4月5日 昭和28年
第2代 長島壮行 昭和28年9月 昭和34年
第3代 佐野保房 昭和34年 昭和50年
第4代 大場啓二 昭和50年4月27日 平成15年4月26日
第5代 熊本哲之 平成15年4月27日 平成23年4月26日
第6代 保坂展人 平成23年4月27日 在任中

出典:Wikipedia「世田谷区長」

世田谷区の歴史的建造物

  • 五島美術館本館

    昭和10年(1935年) · 国登録有形文化財(建造物)

    瀬田に建つ昭和期の美術館建築。和洋折衷の意匠を持ち、世田谷区の近代建築の代表例として登録されています。

  • 河津家住宅主屋

    大正14年(1925年) · 国登録有形文化財(建造物)

    上北沢に残る大正期の和風住宅。玉川・砧方面の宅地開発期に建てられた近代民家の事例です。

出典: 東京都総務局「大東京35区物語」、文化庁 文化遺産オンライン

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