千代田区 - TANAAKKファシリティーズ株式会社

千代田区

ビル・マンション・アパート・商業施設・工場プラントオーナー、管理組合、管理会社向け維持保全工事ならタナークファシリティーズ

管工事・保全・修繕

千代田区(住民基本台帳:人口 68,835人・世帯 39,410世帯・面積 11.66km²・人口密度 5,904人/km²・人口増減 +0.12%(令和6年1月1日→令和7年1月1日)、令和7年1月1日現在) の中古・既存建物向けに、管工事・法定点検・大規模修繕の発注入口をご用意しています。

出典:東京都 住民基本台帳による世帯と人口(令和7年1月)(令和7年1月1日現在)

千代田区の成り立ち

千代田区は、1947年(昭和22年)3月15日の東京22区制施行に伴い、麹町区と神田区が統合して誕生しました。区名は、区内に皇居(千代田城)があることに由来します。

区域は江戸の城下・商業の中心地であり、明治以降も官庁・金融・商社が集積する都心の中核として発展してきました。戦後の区制再編後も、国・都の行政機能と民間のオフィスストックが高度に集中する区です。

千代田区の歴史

江戸期には武家地と町人地が交錯し、神田・日本橋方面は学問・出版・問屋業、麹町方面は武家屋敷と官庁地として整備されました。東京市35区制(1932年)以降も、日本橋・京橋・麹町の各区域はそれぞれ独自の区政を担い、1947年の統合で現区域となりました。

高度経済成長期以降、丸の内・大手町・霞が関をはじめとする大規模オフィスビルが建ち並び、既存建物の更新・保全需要が継続しています。皇居外苑や神田・神保町など歴史地区も残し、行政・文化・商業が一体となった区です。

現在は面積11.66km²、昼間人口が数十万規模に達する日本有数のビジネス中枢として、老朽化した中古ビル・共同ビルの維持管理が重要な課題となっています。

千代田区の初代区長

氏名
村瀬清(むらせ きよし)
在任期間
昭和22年4月5日〜昭和26年4月4日(第1代区長)
補足
千代田区発足後、1947年4月5日の区長公選で当選した初代区長です。

千代田区の歴代区長

現任区長は特別区長会「名簿」(令和8年5月15日現在)時点の情報です。

氏名 就任 退任
第1代〜 村瀬清 昭和22年 昭和34年5月27日
第2代 市村駒之助 昭和34年6月23日 昭和35年
第3代 遠山景光 昭和35年5月20日 昭和47年5月19日
第4代 高橋銑一 昭和48年3月16日 昭和50年4月
第5代 遠山景光 昭和50年4月27日 昭和55年12月20日
第6代 加藤清政 昭和56年2月8日 平成1年2月7日
第7代 木村茂 平成1年2月8日 平成13年2月7日
第8代 石川雅己 平成13年2月8日 令和3年2月7日
第9代 樋口高顕 令和3年2月8日 在任中

出典:Wikipedia「千代田区長」

千代田区の歴史的建造物

  • 日本工業倶楽部会館

    大正8年(1919年) · 国登録有形文化財(建造物)

    丸の内に建つ大正期の会館建築。イギリス・ルネサンス風の意匠を持ち、近代東京の社交・文化施設として評価されています。オフィス街の中に残る歴史的建造物の一例です。

  • 旧山口萬吉邸主屋

    大正13年(1924年) · 国登録有形文化財(建造物)

    九段北に残る大正期の和風住宅。近代建築家の作品として、都心部に現存する私邸建築の貴重な事例です。

出典: 東京都総務局「大東京35区物語」文化庁 文化遺産オンライン

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